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切迫早産 体験記

平成15年12月15日次男妊娠7ヶ月の定期健診で、医師に安静を言われた。このとき、ゆうとは800g、予定日は、3月18日。安静というのは、自分の身の回りのこと意外、横になっておくことですよ。お子さん(長男)誰か見てくれる人いますか?


その日は、月曜。翌日、夫の母が岡山から面倒見に来てくれた。金曜、入れ替わりで妹が熊本から来てくれた。日曜には、熊本の実家に安静のため夫に連れて行ってもらう予定。


そんな土曜の夕方、夕飯の支度が済んだら、おなかが張るな・・・と思って横になった。2~3分間隔で30分おなかの張りが続いた。痛い。おさまりそうにないと感じた私は、産婦人科に連絡し、すぐ夫に付き添ってもらい受診した。


診察の結果、このままでは、お産が始まってしまうということだった。子宮口(出産のとき10センチまで開いて赤ちゃんが出てくる。)が、柔らかくなっていて、もう今にも開きはじめそうだと言う。


おなかの張り止めの「ウテメリン」入りの点滴が持続で始まった。おなかには、モニター。0.05ml/1時間が、0.35ml/1時間まで上げて、ようやく2時間後に張りがおさまった。この点滴、かなり副作用がつらかった・・・。脈は120、動悸、息苦しさ、手足もしびれる。張りが落ち着いて、徐々に量はまた、減らしていったが、この日から私は出産までの2ヶ月を病院のベッドの上で過ごした・・・。トイレ、食事、体拭き(入浴週1回)のとき意外、横になっていないといけないのだ。そう、クリスマスもお正月もである・・・。


りょうやは、このとき1歳4ヶ月。熊本の実家に預け、家族3人バラバラの生活が始まった。幸い、りょうやは、人なつっこく、かわいがってくれる人が親。のような手のかからない子だったので、熊本での生活をエンジョイしていた。私は監禁生活の様な毎日に精神的にもまいりそうになったが、夫の職場の近くの産婦人科だったので、昼休みも、仕事帰りも会いに来てくれた夫に、支えられ、救われ、乗り越えられた。おなかの赤ちゃんのために、みんなが頑張ってるんだ!私だけが、つらいんじゃない。と自分に言い聞かせていた。おなかの赤ちゃんのために、私が頑張らないと!私しか守ってあげられないんだから・・・。


 なんとか、持ちこたえて、36週6日(正規産、これ以前に生まれると早産)を迎えられる(=退院の日)と信じていた36週3日。


明け方4時、トイレに目が覚め、立ち上がろうとしたとき・・・「ん・・・、尿漏れ???」と思って、もう一度立ち上がろうとした。ジャガジャガ出てきた。自分の意思とは関係なく流れている・・・破水だ。産まれる・・・。ちょっと、気持ちを落ち着けて、ナースコールを押した。


2月22日11時5分2420g ゆうと誕生。私の長い安静は終わったのであります。


追伸:お見舞いによく来てくれた、りえ、りか、そしてパパ、家族のみなさん、その節はありがとうございました。

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